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シュナイダーハン四重奏団のベートーヴェン [弦楽四重奏団]

 第二次世界大戦下を中心として活動していたシュナイダーハン四重奏団の名をご存知だろうか。ウィーン・フィルの団員を中心とした弦楽四重奏団であり、主に戦争で荒れ果てた祖国と国民の心を慰めることを目的として、ラジオでの放送のための録音をいくつか残している。

 写真に挙げたのは、連合国軍による空襲が激化する中、ウィーン郊外ローゼンヒューゲルにある映画スタジオで収録された演奏の記録である。曲目はラズモフスキーの1番、それに作品131というもので、それぞれ1944年、45年に収録された。

 デジタル・リマスターは例によってアイヒンガーとクラウスの二人であり、高音のざらつき加減が気に喰わない。おそらく過度なノイズ・リダクションによって失われてしまったニュアンスがあるはずだ。それにいささかギスギスしているところもある。

 しかし、全体として見れば、音質自体は驚異的なほど生々しく、デッドではあるが聴きやすく、一人でも多くの方に聴いていただきたい名演奏である。

 ラズモフスキーの1番は、一楽章冒頭からしてどこか脱俗的な格調の高さが漂い、勇壮で英雄交響曲的なこの楽章が、後期のような極めて深い情感を持った音楽になっており、二楽章も胸に突き刺さってくるような痛切さを持ちながら、けして消えることのない明朗さを聴くことができる。この明るさは戦時中という時代を生きる者たちの心の強さのようだ。

 三楽章は、これはまるでレクイエムである。戦没者の魂への慰撫と深い哀悼の念、心からの祈りがある。終楽章の聴く者の魂を鼓舞してくれるような力強さはどうだろう!これが戦時下の録音だとは思えない!

 それにしても、ベートーヴェンの音楽は何と感動的なのだろう。

 ベートーヴェンを聴くと疲れるという人を知っているが、それは実は間違いである。一度、身動きができなくなるくらい疲労したときにベートーヴェンを聴いてみてほしい。作家の宮城谷昌光氏も書かれていたが(『クラシック 私だけの名曲 1001曲』)、ベートーヴェンは生きる力を与えてくれる。今日がどんなに辛い日であろうと、明日を頼りに生きる精神を鼓舞してくれる。

 思い返してみると、私は辛いときも悲しいときもベートーヴェンを聴いてきた。人間関係や社会で味わう様々な苦痛に悩まされ、胃潰瘍と自律神経失調症にかかって苦しんだときも、ベートーヴェンはいつも私のそばにいてくれた。どんな作曲家が他にあろうと、私と一緒に泣き、一緒に笑ってくれるのはベートーヴェン唯一人であった。

 きっと、私だけではなく多くの人がその時代時代にそう思っていたことだろう。だからこそ、この戦時下の録音が感動的に響いたのであろう。

 作品131の一楽章のわびしさはどうだろう。二楽章に入ったときの心に漲ってくる安らぎと朗らかさはどうだろう。三楽章の短いパッセージが万感の想いで奏された後に続く、四楽章冒頭のほっとさせるような味わい。清らかで、気品がある音色の中に聴こえてくる人間の温もり。心のこもった優しい奏し方がことさら印象的だ。終結の感動も格別である。

 五楽章は若干テンポが重く、融通無碍な趣に欠けるのが残念だ。六楽章は密やかな悲しみに満ちており、その調べは痛切に胸に染み入ってくる。

 終楽章は大変なスピードである。バルトーク四重奏団が史上最速のテンポであるが、これはバルトークと並ぶ記録である。それでいてバルトーク四重奏団のような弾き崩しがないことが素晴らしい。音楽はせかつかず、生き生きと呼吸する。きびきびとしたリズムの刻印と清潔感のあるアンサンブルが、演奏を感動的に締めくくるのである。

 私にとって大切な、宝物のような演奏である。ウィーンのアーカイヴに状態の良い音源が残っているのであれば、もっと良質の音で復刻してもらいたいものだ。


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