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弦楽四重奏聴き比べ <ベートーヴェン:弦楽四重奏曲 第15番> その② [ベートーヴェン:弦楽四重奏曲]

 ベートーヴェンの後期弦楽四重奏曲の中でも最も親しみやすく美しい旋律に彩られた曲である。一楽章や五楽章を支配する悲愁を思わせる甘美なメロディーや濡れた情緒、第三楽章の厳かで神々しい調べ。これらを聴いて感動しないことがあるだろうか。

 私は辛党なので、作品132はやや敬遠しがちなのであるが、ブッシュ四重奏団を聴き直して、やはり名曲だと唸った。レナー四重奏団なら、その15番の魅力を余すことなく堪能させてくれるだろうと思い、早速聴いてみることにする。

2. レナー四重奏団 Lener String Quartet <rec. 1935> 新星堂

1st 9'26'' 2nd 7'44'' 3rd 17'40'' 4th 2'23'' 5th 6'29''

  先に聴いたブッシュ四重奏団の演奏も素晴らしかったが、レナー四重奏団の演奏はそれよりも格段に素晴らしい。

 レナーの独特の甘美な節回し、ヴィブラートとポルタメントを聴かせた旋律の奏し方は、これがこの曲の原点と思わせる強力な魅力を放っている。テンポもリズム感も理想的であり、私たちがこの曲に期待する全てを余すところなく体現している。1935年の録音なので当時としては極上に良く、CDへのトランスファーも良好である。

 刺激的な表情は皆無。ダイナミクスはゆるやかに推移し、極端な音量設定がないので聴き疲れしない。ちょっとしたパッセージ一つにも情緒がこぼれ落ちるような風情がある。曲想が変わる時につけるあえかなリタルダンドが心憎い。聴こえてくる音楽はひたすら優しく、柔らかく、生きることに疲れた者の心にすっと染み込んで慰めてくれる。

 レナー四重奏団の素晴らしいところは、そうした古き良き時代のアンサンブルが、けしてこの曲を通俗的なものに貶めはしないことだ。むしろ、音楽が持つ多彩な魅力を引き出し、ベートーヴェンの晩年の作品群が持つファンタジーや神秘的なサウンドを表出するに至っている。

 三楽章を聴いていただければ、この四重奏団が如何にベートーヴェンの後期弦楽四重奏曲の世界を理解し、心の底からの共感を持って高潔な精神で演奏しているかがわかる。

 何という感動的な三楽章だろう。この上ない優しさと慈愛の楽音に慰められるのと同時に、生きる力が漲ってくるような錯覚すら覚える。コーダなど、天に昇っていくような美しさに満ちている。

 第三楽章に先立つ楽章も美しい。一楽章の哀愁と悲愁の音楽はレナーの魅力が遺憾なく発揮されて絶妙。二楽章も融通無碍の表情でありながら、荒々しい力が秘められている。中間部の弱音の繊細な美しさは神秘的ですらあり、ファンタジーが止め処なく溢れ出す。

 四楽章になると、三楽章の敬虔な感情をガラリと変えて、諧謔な音楽が展開する。

 スジガネ入りのベートーヴェン愛好家の中にも、この四楽章だけにはがっかりするという方がおられる。私にもその気持ちはわかるのだが、ガラリとした転換はむしろベートーヴェンの豪快さではあるまいか。レナー四重奏団は妙に明るい表情付けをするわけでもなく楽想を追うが、いささかテンポがせかつくのが残念と言えば残念である。しかし、突如現れるヴァイオリンの激しい訴えは感動的だ。

 終楽章はそれまで抑制してきた感情をさらけ出し、音楽に動きをつけていく。ブッシュ四重奏団のようにテンポが速すぎて雑になりすぎることはないが、個人的な好みを言えば、もっと感情の波を抑えたほうが全曲はもっと感動的になったのではあるまいか。これはこれで感動的であるものの、ベートーヴェンの後期弦楽四重奏は感情の波を立たせすぎずに演奏することが重要であるように思う。コーダの旋律の歌い方は懐かしさに満ちて絶品であった。


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