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クリングラー四重奏団のベートーヴェン [弦楽四重奏団]

 写真は伝説的ヴァイオリニスト、ヨゼフ・ヨアヒムである。ヨゼフ・ヨアヒムはベートーヴェンによって絶賛されたヨゼフ・べームの高弟であり、そのべームと肩を並べて四重奏を行なった経験を持つという。

 ヨアヒムはベートーヴェン直伝の奏法を体現した人物の一人であり、ウィーン・ヴァイオリン楽派の開祖である。ヨアヒムのカルテットにはヴィオラ奏者としてカール・クリングラーなる人物がいた。ヨアヒムからベートーヴェン直伝の奏法を汲み取った数少ない演奏家のひとりであり、世界最古のベートーヴェン録音を残すことになる。

 カール・クリングラーはクリングラー四重奏団を結成し、1911年に機械録音で作品18-5の二楽章と三楽章を録音した。ベートーヴェンが没して84年後の録音であり、ヨアヒムはこの録音の4年前に世を去っている。

 この録音は現在Testamentが発売している「クリングラーSQアンソロジー」の中には収録されていない。何ということだ!聴きたい!と地団駄を踏んでいたのだが、偶然入ったレコード店(CDショップではない)で、隅のほうに埃をかぶっている新星堂盤を見つけた。そこにはこの二曲のほか、1912年に録音された作品130の四楽章、そして1935年に録音された作品127の全楽章が収録されている。

 音質は覚悟していたのだが(ふにゃふにゃの音だろうと)、思った以上に生々しく鮮明だ。竹やぶの燃える音の中から妙なる楽音が響く。SP初期であるから仕方がない。しかし、この高貴な音はどうだろう。ぴんと張り詰めた高音のきらめきに、繊細なポルタメントがかかる。大時代的な演奏ではなく、あくまで端正に演奏されている。「これがベートーヴェンに一番近い録音だ」と思うと感慨が深い。
 
 作品127になると、もうSPの録音も完成されているために、凄く良い音がする。一楽章は何の思い入れも劇的表情もつけず、あっさりと速いテンポで導入。端正にきびきびと運ぶかと思えば、ぐっと旋律の終りでリタルダンドし、寄せては返す波のような心地よい流れを生む。格調高い高雅な響きにしっとりとしたポルタメントをかけ、何ともいえない風情を残す。

 二楽章は、この演奏ではじめてこの楽章の素晴らしさがわかった!何という神々しさだろう。脱俗の境地そのものの音空間が広がる。クリングラーのヴァイオリンの美しさ!作品132の長大な緩徐楽章よりも洗練され、磨き上げられた音楽だと思わせるほどだ。

 三楽章冒頭のピッチカートからして他の演奏と全く違う。別世界が現出するのだ。天の世界で天使達と遊ぶような気持ちになるや、高雅な響きだけではなく、ずっしりとした音のドラマが展開されていく。雄弁この上ないベートーヴェンの音楽が最高に美しく奏されている。

 終楽章の主題が面白い。ここでも途中でテンポを波立たせるのだ。個人的な好みで言えば、ここはすっきりと演奏するほうが良いように思うのだが、これがクリングラーの味なのだろう。

 参考までに演奏時間を載せておく。
1st 7'20'' 2nd 16'31'' 3rd 7'17'' 4th 7'34''
 
 私はこれまで作品127がそれほど好きではなかった。第9の後に書かれた弦楽四重奏といえども、なぜ13番以降の傑作と同じ高みにあるものとして扱われるのかと不思議でならなかった。しかし、今は違う。クリングラー四重奏団の二楽章を聴いてしびれてしまった。こりゃあ、すごい。
 
 ようやく聴けたクリングラー四重奏団のベートーヴェンであるが、廃盤なのが惜しい。一刻も早く最良の状態で復刻してもらいたいものだ。

 昔のカルテットを聴くと、くつろいだ気持ちになるのはどういうわけなんだろう。SPやLPを気軽に聴くことができれば、私はどんどんこの道にはまりそうだ(泣)。
 


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