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弦楽四重奏聴き比べ <ベートーヴェン:弦楽四重奏曲第15番> その③ [ベートーヴェン:弦楽四重奏曲]

 ベートーヴェンの弦楽四重奏曲第15番。今日は往年の名カルテット、ハリウッド四重奏団を聴こう。

 LP時代、キャピトル盤のハリウッド・ボウル交響楽団の指揮者として活躍したフェリックス・スラットキンは1948年に弦楽四重奏団を結成した。

 チェロは妻であるエリナー・オラー、第2ヴァイオリンはポール・シュアー、ヴィオラはアルヴィン・ディンキン(当初はポール・ロビン)というメンバーであった。

 活動場所はアメリカ西海岸に限られていたが、キャピトル盤の普及に伴い、名声を確立。1957年にはその数少ない演奏旅行の機会としてエジンバラ音楽祭に出演した。曲目はベートーヴェンの後期弦楽四重奏曲集。これが大評判となり、同じ年の二月から六月にかけて一気に録音が残された。

 後年、フェリックスとエリナーの息子レナード・スラットキンは、「幼少の頃から家ではいつも弦楽四重奏が鳴り響いていた。家族やその友人の誰もが弦楽四重奏を演奏できたのです。音楽を志す者にとってこれほど素敵な環境があるだろうか」と述懐している。

 弦楽四重奏がいつも鳴り響く家・・・。何と素晴らしい家だろう。

3. ハリウッド四重奏団 The Hollywood String Quartet <rec. 1957> EMI

1st 9'41'' 2nd 8'39'' 3rd 15'51'' 4th 2'31'' 5th 7'02''

 ハリウッド四重奏団のベートーヴェンは英テスタメントからも復刻されているが、どうも整理整頓されすぎ、こじんまりとした音質だ。それに細かな音色のニュアンスも感じにくい。

 写真に掲載したのは「レコード芸術 名盤コレクション 蘇る巨匠たち」シリーズの一つである(ORG3011-3)が、こちらのほうがずっと音が良い。アナログ的な質感を残しつつ、音質が平均的になっていないために、曲によって音質に差があるのが特徴であるが、高音のニュアンスなどをよく再現していると思う。

 ハリウッド四重奏団の演奏の特徴は、『スジガネ入りのリスナーが選ぶ クラシック名盤この一枚』(知恵の森文庫)に詳しい。この団体のベートーヴェンを推して、筆者の一人である難波敦氏は、

 「他の弦楽四重奏団は、曲が要求するある決まった演奏形式を必ず守ったうえで、自分たちの個性を展開しようとするのだが、形式を維持することにつねに気を配ろうとするために演奏が発展せず、そこで止まってしまうことがあり、ベートーヴェンの曲はメロディーがなくてつまらないなあ、ということになってしまう。(中略)ハリウッド四重奏団は、演奏の約束事を軽く飛び超えて、大フーガを含めたすべての旋律を徹底的に歌うように演奏していく」

 と述べられている。

 私も全く同感で、ハリウッド四重奏団の演奏を聴くと音楽が持つ抒情を明確に感じ取ることができ、メロディーの艶やかな歌い方に聞き惚れてしまう。そうかといって流麗になりすぎ、ダレて流れてしまうような箇所がないことが素晴らしく、それは一重にスラットキンの至芸を支える三者の力によるのだと察せられる。

 音楽は素朴さを失わず、音楽の彫りの深さを失うこともない。その中でスラットキンは美しく跳躍するのである。

 この15番はハリウッド四重奏団の演奏の中でも最高傑作の一つであろう。一楽章の冒頭からしてぐっと抑えた表情が音楽の背後にあるものをあぶり出す。旋律の甘美さに反してけして甘くなったり、ムード的になることがない。伸びやかな歌は気品に満ち、透明感に溢れている。

 15番という曲は後期弦楽四重奏曲の中ではとびっきりメロディアスな楽音であるが、ハリウッド四重奏団で聴くと逆にメロディアスな特徴よりも後期四重奏が共通して持つ深遠と幻想とが耳に飛び込んでくる。こんな演奏は初めて聴く。

 二楽章も絶妙のテンポであり、弦の音色は素朴でありながら、神々しい輝きを放っている。中間部がやや強めで奏されるために、曲が持つ神秘感を損なってしまったのは惜しい。

 長大な三楽章は熱烈なベートーヴェン愛好家には神品のごとき存在である。私もその気持ちが痛いほどによくわかるのだが、告白すると私にはいささかこの楽章が冗長に感じられる。「荘厳ミサ」のベネディクトゥスではそんなことはないのだが・・・。

 だから、ハリウッド四重奏団の速めのテンポがまことに心地よいのだ。テンポが低回することなく、泉のように溢れ、自然に流れてゆく。音色も瑞々しく、またこの四重奏団の美質の一つである高音の輝きを録音がよく拾っている。終結など星のまたたきのように美しい。本当に感動的な瞬間だ。

 四楽章は元気ハツラツ?という感じではなく、もっと含みを持たせた解釈であり、三楽章とのつながりが自然である。四楽章で唐突に元気になられても困ってしまう(笑)。リズムが崩れて慟哭する部分でも抑制が聴きながらも音楽としての訴えに欠けてはいない。

 五楽章は理想的な演奏の一つだろう。速すぎず、遅すぎず、音楽は生き生きと呼吸し、しみじみと歌う。第1ヴァイオリンの輝くような音色は聴く者の耳を捉えて離さず、終結の空に消えていくような淡きファンタジーも胸を打つ。

 全楽章を通じて抒情美に溢れ、後期四重奏が持つファンタジーと神秘とをハリウッド四重奏団は見事に体現している。絶妙のテンポと音色の美しさが音楽を神々しく輝かせている。

 このような演奏を名演と呼び、名盤と呼ぶのだろう。 


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コメント 3

のり

ベートーヴェンの晩年の四重奏曲は、最初はとても近寄り難いのですが、ひとたびその深遠な世界にはまる否や、抜け出せなくなるので困ります(笑)。
どのタイミングでコメントを差し上げようか迷ったのですが・・・・・
小生の結婚式で、花束贈呈のBGMに「感謝の歌」を使用させていただきました。
かつて、メロス四重奏団(当初のメンバーでの最終来日)大阪公演で、15番を聞きましたが、第3楽章の感謝の歌が終わると会場中のあちこちから鼻をすする音が。感極まって泣いておられた方がたくさん居られたようです。すごい雰囲気の公演でした。かく言う私もその一人でしたが・・・。それだけに、メルヒャーの死という残念な形で終焉を迎えたメロス四重奏団に重いでは尽きません。
by のり (2008-02-03 11:46) 

のり

↑ 「重いで」ではありませんね・・・「想い出」です。変換ミス、申し訳ありません
by のり (2008-02-03 11:48) 

KITAKEN

のり様

ご結婚式の折に「感謝の歌」を使われたのですか。とても素晴らしい選曲ですね。花束贈呈のBGMにこの美しい音楽が流れてきたら感涙です。

メロスは残念ながら実演を聴く機会がありませんでした。CDで聴くよりも実演が良かったという話を愛好家の方から聴くことが多く、来日公演のライヴやその他最盛期のライヴ録音が残っているのであれば聴いてみたいものです。
by KITAKEN (2008-02-03 14:35) 

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