ショスタコーヴィチ:弦楽四重奏曲 第8番 ハ短調 作品110 [ショスタコーヴィチ:弦楽四重奏曲]
ショスタコーヴィチの弦楽四重奏曲の中でも屈指の名曲とされ、最高傑作と評価されることもある第8番。「ファシズムと戦争の犠牲者の思い出に」捧げられている。
演奏はボロディン四重奏団が凄まじい。タネーエフ四重奏団も香りと詩情さえ聴かせてくれる本当に素晴らしいものだが、ボロディン四重奏団のは何か念力のような音楽をはみ出した力が漲っており、圧倒されずにはいられない。私がよく聴くのはコペルマン時代のものである。
一方、第1ヴァイオリンがドゥビンスキーだった時期の録音も残っており、こちらのほうを高く評価される方も多い。彼がせめて14番、15番が作曲されるまでソビエトに残っていてくれたら、この旧盤がボロディン初の全集となったのに。
歴史の不運。コペルマン時代の全集が出て、この旧録音は永らく入手難の時代が続いた。さらに悪いことにLP盤でしか聴くことができなかったのだ。
しかし、2003年にChandosが復刻してくれた。有難や~。ついでに、ベートーヴェン四重奏団のベートーヴェン全集やショスタコーヴィチ全集も全部廉価でマスター・テープから高音質の復刻をしてほしい。お・ね・が・い・で・す・か・ら!
さて、そのドゥビンスキー時代の演奏は、といえば、より人間的な温かみを残した演奏である。コペルマン時代の演奏が非情なまでに透徹した、張り詰めた演奏であるのに対して、こちらは素朴さが顔をのぞかせ、人間臭い情緒や温もりがある。音楽が激しようとも、ザッハリヒになりすぎず、熱き血が通う。
実は初めて聴いたときは面喰らった。拍子抜けしたと言ってもいい。ショスタコーヴィチの弦楽四重奏曲と言えば、弦が軋むくらいにゴリゴリとした騒音を立てて曲が持つ暴力的なエナジーを爆発させ、血も涙もないような冷たい透明な音色でもって聴き手に恐怖と不安とを与えるようなイメージがあった。
もっと凄まじい怒りで聴く者を鼓舞してくれよ。社会に生きることの苦しみと悲しみとを思う存分味あわせてくれよ。こっちがひいてしまうくらいに!これが最初の感想だった。
ここに聴くのはふっくらとした柔らか味を兼ね備え、音楽から人間ショスタコーヴィチの温もりや涙を失わない演奏である。ベートーヴェン四重奏団の演奏に近い。
ショスタコーヴィチの弦楽四重奏曲の厳しいイメージは多分にボロディン四重奏団の演奏によって作られているのではないだろうか。ショスタコーヴィチはもっと複雑な感性を持った人物であり、残された音楽もさまざまな感情や音楽性に溢れているのではないのか?
ショスタコーヴィチは人間だ。そう思わせてくれる演奏がボロディン四重奏団の旧盤やベートーヴェン四重奏団の演奏である。このことがわかると、途端にこの旧盤やベートーヴェン四重奏団の演奏が心の宝石のような魅力を放つようになった。
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